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WJOG7112G試験を通して得られた経験と若手会員への期待

Akitaka Makiyama
Profile
牧山 明資
岐阜大学附属病院がんセンター
HER2陽性胃癌・食道胃接合部癌の2次治療を対象に、トラスツズマブを継続して使用することの意義を探索する臨床試験(WJOG7112G)が2012年〜2016年に行われ、本業績はJournal of Clinical Oncology誌に掲載されています。今回は、研究事務局を務められた、岐阜大学附属病院がんセンター准教授の牧山明資先生に、試験について解説頂き、臨床試験の立案や実施、論文化までの苦労、また、試験を通してどのような経験が得られたのか、お聞きしたいと思います。
  • 安藤

    始めにWJOG7112の概要をご説明下さい

  • 牧山

    本試験はHER2陽性胃癌・食道胃接合部癌の患者さんの2次治療を対象とした試験です。 通常は1次治療でフッ化ピリミジン系薬剤、プラチナ系薬剤、トラスツズマブ併用療法を行います。 そして試験計画時には、2次治療でトラスツズマブを継続して使用することの意義に注目が集まっていました。というのも、同じくHER2陽性の乳癌の領域ではトラスツズマブ不応後も継続して使用することが有用であると報告されていたからです。 これを胃癌でも評価するために、パクリタキセル単剤群を対照群として、パクリタキセル+トラスツズマブ併用療法群を試験治療として無増悪生存期間(PFS)を統計学的に延長するかを調べたのがWJOG7112G試験(通称T-ACT試験)になります。 結果は残念ながら予想とは異なるもので、トラスツズマブを継続使用してもPFSを延長しないことが分かりました。 しかしながらこの試験が無ければ分かり得なかった事実が判明し、今後の治療開発に多大なる貢献が出来たことは非常に有意義な結果が得られたと確信しています。

  • 安藤

    本試験は、どのような経緯で立案に至ったのでしょうか?

  • 牧山

    トラスツズマブが胃癌で承認された当初、既に乳癌領域ではHER2陽性乳癌に対しトラスツズマブを継続使用する治療戦略が実臨床でも行われていました。私の所属していた九州がんセンターでは乳癌の診療を行っていましたので、実際にそのようにトラスツズマブを継続使用するという臨床経験がありました。HER2陽性胃癌でも同じような効果が見込めるのではないか?という臨床的な疑問から本試験の立案に至りました。

  • 安藤

    プロトコール作成や試験実施においてどんな点で苦労されましたか?

  • 牧山

    立案時はまだまだ若手でしたので、臨床試験に関する知識が乏しく非常に苦労することが多かったですが、その分勉強にもなりました。まずはWJOG内でトラスツズマブを使用した臨床試験のコンセプトをコンペティションで競い合うといったところから始まりました。同じようなコンセプトが4施設から出されていましたが、幸いこれまでの所属施設のWJOGへの貢献度が高かったため、私のコンセプトが採用されました。しかしここからが本当に大変で、プロトコールの一言一句にまでこだわる諸先輩方を相手に議論を重ねて、さらに統計家の先生から統計学的な知識を学びながら試験設定を行いました。数カ月に一度、名だたる先生方と実際に顔を合わせながら、喧々諤々と意見がまとまらない中でただの一若手医師がうまく折り合いをつけるのは困難の極みでした。議論は飲み会の場まで持ち込まれることもあり、非常に熱くご指導をいただいたことは今でも思い出になっています。 また、本試験は、登録開始から最終登録まで4年以上の月日を要しました。もともとHER2陽性胃がんという胃癌の10%強の少ない対象だったこともありますが、競合試験が行われていたり、登録期間中に対象の標準治療が変わるなど、症例登録には特に苦労しました。ただ最終的には参加施設の皆さんのご協力の下で完遂することが出来ました。何よりも試験参加に同意をいただいた患者さんには感謝の念に堪えません。

  • 安藤

    試験終了と同時に、学会発表や論文作成がに至るまでの苦労や喜びは?

  • 牧山

    試験結果が学会で公表してから雑誌にacceptされるまで1年ほどの期間を要しました。私の作成した草稿が未熟だったこともありますが、朴先生や兵頭先生を始め諸先輩方より多くの修正やコメントをいただき、最終的には素晴らしい論文を作成することが出来ました。メールでのやり取りで修正作業を行うのですが、数えると100通を超えるほどのやり取りが行われていました。リバイスを再投稿する際もアドバイスを多数いただけましたので、スムーズに作成することが出来ました。ただ年末だったのでその年の大晦日や正月は楽しむことは出来ませんでしたが・・・(汗)。ご多忙な先生方に無償で時間を割いていただき、本当に有難く思います。アクセプトのメールを見た瞬間は嬉しさと、ようやく皆さんに良い報告が出来るというホッとした気持ちとが半々でした。

  • 安藤

    先生は他にも多数の臨床試験を実施されています。日々の臨床でどのような視点をお持ちですか?

  • 牧山

    特別なことは行っていないのですが、普段からClinical Questionを頭に置きながら診療を行うことが重要かと思います。そして最新の知見について論文や学会報告にアンテナを張って、それらを臨床に活かすことは出来ないかという観点から試験を立案しています。本試験とは別に高齢者の臨床試験を行っていますが、立案する際に高齢者では強い抗癌剤治療が副作用でうまくいかない経験から、いろいろな論文などを調べていくうちに必要なエビデンスが少ないことに気づきました。ですからCQを基に自ら調べていくというのが大事だと思います。

  • 安藤

    WJOGにおける臨床試験が、どのようにキャリア形成に役立ちましたか?また、若手WJOG会員へのメッセージもお願い致します。

  • 牧山

    臨床試験を通じて本当に多くの人に出会いました。大御所の先生だけではなく、同年代の先生、そして次の若手世代との関りを多く持つことが出来ました。このことは自分の財産になっていると感じています。自分が諸先輩方から学んだことを次の世代の先生達に伝えていきたいという思いを持っています。また、試験に関連した仕事の機会をいただくことも多くありますので、中にはキャリア形成に役立つようなことも経験できるのかなと思います。オンコロジー領域で臨床研究に取り組む我々はある意味一つのチームだと思いますので、大きな仕事を皆で取り組んで解決していくという流れの中でぜひ若手の先生方も飛び込んでほしいと願っています。

最後に、牧山先生の働き方をお聞きしました。病院での通常業務と研究業務をなるべく分けるために、通常業務後はカフェで遅くまで仕事をするのが日常のようです。多くの講演や研究業務を抱えている牧山先生ですが、仕事にもメリハリをつけて気分を変えているところが、今時の40代の働き方だと感じました。 本日はどうも有難うございました。
牧山明資先生(岐阜大学附属病院がんセンター)
聞き手:安藤孝将(富山大学第3内科)

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